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2009年09月16日| 2009年09月25日 |- ブログトップ

老人と暮らす

 えっと、そう、テーマは「老人と暮らす」です。
手始めに、老人と暮らすって項目で、自分の中の経験を検索してみると。
昔も、老人と暮らしてました、そういえば。ものすごく昔だけど
30年ちかく前のことだけど、私が11歳から13歳まで、
祖父母と3人ぼっちで世田谷区で暮らしていました。私の両親と兄弟は
そのころは新潟市内に住んでいて。新幹線もまだ開通前で、
祖父母の家から新潟の両親の家まで片道6時間以上はかかってた。
どうして祖父母に預けられたんだったっけなあ、都内の中学校進学のためだったけど
たぶん私ならひとりでもだいじょうぶって母が手放したからだと思う。
そんなこんなで、世田谷の深沢の父方の祖父母の家と、上北沢の母方の祖父母の家を
行ったり来たり、あと新潟にもひとりで行ったり来たりの2年間でした。
母方の祖父が東急ハンズで私の名前の表札を作って、祖父母宅の玄関に貼ってくれました。11歳で表札持ってるなんて変な気分でした。ま、それはどうでもいいことなんだけど。

父方の祖父母は広島岡山の出身で、いろいろな点が田舎風でした。一方、母方の祖父母は、とても都会風でした。私は習慣の違いにギャップを感じる毎日。それにちょっと反抗期入ってたかも。祖父母と3人で暮らすという生活も初めてだったし、最初はとまどいました。でも老人といっても祖父母たちもまだどちらかというと若くて、みんな60代半ばから70代前半だったな。両方の祖父母にとって初孫の私。生まれたときもしばらく母方の祖父母宅で暮らしていたし、とにかく祖父母たちにとっては馴染みの深い子だったんだと思う。そして私にとっても、祖父母たちはれっきとした父親がわり、母親がわりでした。お弁当も作ってもらったし、宿題教えてもらったこともあったし、捻挫のときは病院もつれていってもらったな。学校の帰りは必ず駅まで祖母が迎えにきてくれた。みんな無条件でかわいがってくれたと思う。敬老の日は祖父2人と祖母2人と私の合計5人で展覧会を見たあと上野のレストランでお食事。もうあのころ過ごしていた両方の祖父母の家はないし、そもそも祖父母たちもみな天国に行ってしまいました。日々の記憶は私の頭の中にだけ。

そうそう、私にとって20代は一応、労働がテーマだったと思う。それから30代は出産と子育てがテーマだったかな。そして40代は、おそらくこれは「老人と暮らす」ひいては、「老人介護」がテーマみたいです。覚悟決めました。




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