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1989年

1989年 僕はひっそり家を出た。
有力者の誰かが僕の住む丘に興味を示し、手に入れたがっているという噂だった。
夕暮れ時、地平線のはるか向こうに、装甲車が隊列を組んで、静かに並んでいるのを見た。
微動だにせずに静止していたので、美しい景色の一部として、見過ごしそうだったほどだけど
あれは装甲車の群れ。どれだけの人が乗っているのか、どんな目、肌の色でどんな言葉を話すのか。
姿と意図が見えない無言の相手。呼び掛けたとして装甲車だもん、誰も出てこないんだろ?
僕はすっかり混乱したまま、闇に紛れてひっそり家を出た。怖かったんだよ。

しばらく1ヶ月間は叔母と叔母の生まれたばかりの赤ちゃんと僕の3人で祖母の空家で暮らすことにした。それから叔母に付いて叔母の夫の住むオランダのハーグへ行った。祖母の妹が大金持ちで、僕に50万円くれた。時はバブルの全盛期。羽振りの良い人たちはお金が有り余っているみたいだ。僕は50万円を有り難く頂戴して60日間オープンのKLMの航空チケットを買った。オランダのハーグの街を歩いた。先祖のひとり澤太郎左衛門という人もハーグに住んでいたらしい。もちろん面識はないけれど120年ほど前に澤さんがハーグのその目抜き通りを歩いていたことは何だかわかった。それからベルギーやローマやスペインを回った。ナポレオンフィッシュツアーの横浜スタジアムの日はスペインで海水浴をしていた。砂浜の午前11時は横浜の午後6時で、水着を着た僕の頭の中で雷が鳴った。
 9月、そのままではオランダで20歳を迎えてしまう。僕は、東京に戻った。東京では女性はみんな、暑くてもストッキングを履いているんだなと感心した。
 新聞広告を見た。知らぬ間に僕に似た写真がお尋ね者になっていた。写真は似てるけど名前が違うみたい。僕に似た人は心配されているらしい。僕はやっぱり混乱した。怖かったんだよ。

 ただひたすら怖がっていただけだとすると、ただひたすら怖がらせていただけになってしまう。ごめんなさい。
 


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