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駅で、はぐれた話

 ある時、仲間内で自分の知っている一番まぬけな話を順に披露することになった。
友人が郵便配達人の話をしたあと、ぼくに順番がまわってきた。
ぼくは迷わず、自分の知っている一番まぬけな話を始めた。

 その当時ぼくは今と同じくらいみすぼらしくて金もなくて、その点は今とあまりかわらないけど、当時のぼくはというと、とある大先生がわざわざぼくに会いにきてくれるという伝言を受け取って少し舞い上がっていた。駅に、特別列車で現れるという。大先生はもちろん大旅行の途中だ。
 そこでぼくは約束の日時に駅の改札に向かい、ごったがえす駅の構内で、大先生の乗る列車が到着するのを待っていた。やがて列車がホームに入ってくるのが見えた。ふだんはみかけない豪華客車が付いた特別列車。豪華客車は特等切符を買える選ばれた人しか乗れない、金のないぼくは改札さえくぐれない。ぼくの目にも、やがてその初めて見る豪華客車の徐行する姿が見えた。改札ごしに列車が静かに止まるのが見えた。ちょうど豪華客車の窓の内側に、美しい夫人と並んで座った大先生の横顔が見えた。大先生もホームの手前の改札口に目線を送ってきたように見えた。ぼくと目が合ったように思ったが、大先生は座ったまま、すぐに手元の腕時計懐中時計を見つめているようだった。混雑しながらの乗客の乗り降りがやがて終わり、ふいに発車のベルが鳴り、特別列車は突如、動き出す。ぼくはごったがえす駅の改札の手前で豪華客車の窓がゆっくり走り出すのを見た。大先生が降りてこないことに最初の段階で気づいてしまったので、ぼくが切符を買ってホームまで行かなくては会えないままだとぼんやり勘づいたが、そんな金がないことは大先生も先刻承知だろうよ、住む世界が違うことを暗に見せつけているんだろうか?、とも内心毒づいていた。いや、大先生は細かいことは気にしないから、そこまで気がまわらないのだとせめて思いたい。大好きだった大先生の横顔が通り過ぎていく。ぼくがあれほど舞い上がっていた大先生との再会は、このルールではもともと実現不可能な幻想だったのだ。ぼくはとてもうちひしがれながら、もはや瞬時に本物の負けを悟っていた。この先、もう二度と大先生と会うこともないのだ、そもそもぼくのようなみすぼらしい者が、大先生夫妻に近づいて良いわけがない。大先生にとってしても、非常に迷惑なだけ。だから先生も。ぼくは未来が見えてしまった。決して先生の乗る列車に乗ることはない。ぼくと先生の線路がこの先、重なることはないのだ。

 これがぼくが知っている一番まぬけな話。ひとしきり話すと仲間内からは聞こえないくらいの細いため息が漏れたようだった。誰もなんにも言わなかった。そしてまた次の男が渾身のまぬけな話を始めたので、ぼくは黙って聞き澄ました。





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